『血のささやき、水のつぶやき』パトリック・マグラア ー 辺境に住まう手練の魔術師


通りよく「ニュー・ゴシックの旗手」を冠されて紹介されることも多いパトリック・マグラアは、確かにゴシックな舞台立てとムードを使う作家ではあるが、その短篇は、ホラー/ミステリ/ダーク・ファンタジーからSF、そしてスリップストリームまでの愛読者に強く訴える濃密で鮮烈なパワーを持つものだ。ジャンル読者でも殊に短篇を愛する者なら「他のジャンル」の作家の書く傑作短篇にも広く心を開けているものだが、そういう人になら手放しでお薦めできるのがその第一短篇集『血のささやき、水のつぶやき』である。収録短篇群には分かりやすくホラー仕立てミステリ仕立てのものこそ少ないが、ほとんどの作品が読み終えてみれば説明困難な満足感・満腹感をもたらすものであり、そういう意味ではパトリシア・ハイスミス、ジョイス・キャロル・オーツ、そして個人的には殊にフラナリー・オコナーの短篇の持つ読後感に似ている。「オチのある短篇としてのSF、ホラー、ミステリ」では手に入りようのない短篇の愉しみ、とでも言えようか。それゆえ逆に、ホラー・プロパー、ミステリ・プロパーの読者には「なんとなく文学臭がして」と敬遠される部類の作家と言えなくもないかもしれず、ここではそういった層へ向けてものプロモーションとしておこう。



「天使」は冒頭1発めにふさわしく、ネタ的には軽めのパワー・ポップで、マグラアの持ち味・芸風を分かりやすく魅力的にコンパクトに伝える好篇。個人的にはアイザック・B・シンガーやT.E.D.クラインの描くニューヨークの匂いを感じ、超自然の物語コアを別にしても心地よくまた興味深く読める。短篇の魅力の大部がそのネタとネタばらし以外の、結構や語り口に依ることを如実に示し、マグラアの読ませる力が初手から証明されている。

「酔いどれの夢」は初読時から私を魅了した、今に至るもこの集でのフェイヴァリットを競るひとつ。まったくもって普通小説・主流文学ふうの作品でありながら、普通人の普通の日常を通して不安・倦怠・疲弊・暗合・啓示を描いてスリルを途絶えさせることがない。意外とも当然とも言えるがイングランド作家イアン・マキューアンの筆致にも似たものがある。優れて芸術論・芸術家論ともなっており、スティーヴン・キングの『ミザリー』、デイヴィッド・マレルの「苦悩のオレンジ、狂気のブルー」にも共通するその種の興奮も味わえる。エンディングで主人公の画家に訪れる一種のハッピー・エンドが渋く美しい。

「アンブローズ・サイム」は、マグラアが意識的かつメタ的に「ゴシック」の結構を使っていることを強く匂わせる、多分にパロディックだがやはり読ませる良作。教会の神父、禁欲主義、対する精神分析的視点、と実にゴシックかつ英国的な舞台構えで、関係ないがサキの「スレドニ・ヴァシュタール」にも似た古風でノスタルジックな味わいが不思議と香る。

「アーノルド・クロンベックの話」は、クラシカルな奇譚メソッドであるインタヴュー型式を採り一気呵成でゾッとさせるパワー・ポップ。ホラー/ミステリ愛好者にはもっとも取っつきやすい小品で、試し読みのパラパラには最適。

「串の一突き」もまた集中で私のフェイヴァリットを競るひとつ、で他に似たものを探すのが難しいくらいの、まさに比類なき傑作。父親が著名な精神科医でそれはマグラアの作風・テーマに云々 ー とはよく知られる、そして間違ってもいない言説だろうが、そんなことがどうでもよくなるくらいに、この短篇のアイディアと結構は奇っ怪で独創的で痛快で鬼気迫る。この短篇のあまりの面白さに禁断症状が出た人には、まったく畑違いの学術書ながらミシェル・フーコーの『狂気の歴史』や『監獄の誕生』を推しておきたい。

表題作(原題 Blood and Water and Other Tales)だけあって巻末の「血と水」もまた、入魂の剛球にして不思議な感動を喚ぶ傑作。原ゴシック小説のゴシック性とは畢竟その時代・社会とその住人たちの心・頭に由来するものでは、と感得させる、「ニュー・ゴシック」「ポストモダン・ゴシック」の旗手ならではの鮮やかな逸品。そんな小難しいことを考えずとも普通に楽しみ哀しみ愛おしむことのできる奇態な愛の物語でもある。



なお、“奇想コレクション” の『失われた探険家』は、この短篇集に6篇を追加したもので、その内3篇は他に既録のあるものだった。私のように大食漢であったり「オリジナル・アルバム」にこだわりのある者であったりしなければ、そちらが入手容易でお買い得でもあろう。
※1


 


※1
「監視」ー 新潮社『ニュー・ゴシック』 に「監禁」として
「吸血鬼クリーヴあるいはゴシック風味の田園曲」ー 文春文庫『レベッカ・ポールソンのお告げ』に「吸血鬼クリーヴ、すなわち、ゴシック風田園曲」として
「悪臭」ー 福武書店『幻想展覧会』に「におい」として


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