『薔薇の渇き』ホイットリー・ストリーバー ― フェイタル・アブダクション

デニス・エチスンの名高いホラー・アンソロジー『カッティング・エッジ』の呼び物は、当時売り出し中だったストラウブの「ブルー・ローズ」だったが、私の記憶に圧倒的な強さで残ったのはホイットリー・ストリーバーという見知らぬ作家の「苦痛」という短篇だった。頽廃的な快楽を探求する主人公の前に現れたSMの女王様は実は人間の知らない何かだった、というストーリー。ネタ的にはありがちともいえるが、こめられたモティヴェイションの高さが異様な迫力を感じさせ、また、巻末のあとがき/解説の “この短篇はストリーバーがまだ例の体験に意識的でなかったころの作品” 云々がこの作家への興味を増した。’93年ごろのハナシである。



その “例の体験” とは、一部の読書子には疾うにおなじみ、ドキュメンタリー作品『コミュニオン』その他で明かされたストリーバー自身のUFOアブダクション体験である。自らをアブダクトしたその存在は深層セラピーにより恐怖・憎悪の対象からやがて理解・友愛・崇敬の対象となり、その後のストリーバー作品は、その高次の存在からの啓示を含んだドキュメンタリー及びフィクションのかたちをとることになる。最近でも『デイ・アフター・トゥモロー』がベストセラーとなり映画化され、最新作『2012:ザ・ウォー・フォー・ソウルズ』も鳴り物入りでキャンペーンされている。     ※1



その辺の事情に疎いマジメなホラー/SFファンの中には、たとえばL・ロン・ハバードの例のように、ストリーバーを、とるに足りない/別件で有名になっただけの/実力を伴わぬお笑いぐさ作家、とみなしてしまうムキもあるだろう。『コミュニオン』を真摯なドキュメンタリーとして同情的に読み、『デイ・アフター・トゥモロー』を足早に読み捨てた私は、それでもニュートラルにこう言うことができる — 小説家としてのストリーバーは、そのカミング・アウト騒動とは無関係に、そのひとつひとつの作品の良し悪しで評価されるべきであり、そしてこの『薔薇の渇き』は傑作である、と。



ある面ウェル・メイドながら不充分なトニー・スコットによる映画化『ハンガー』は忘れていい。“意識化" 以前、’81年原著刊行の『薔薇の渇き』は、キングの『呪われた町』に続き、ダン・シモンズの『殺戮のチェス・ゲーム』に先立つ(そしておそらくは影響を与えた)モダン・ホラー史上屈指のヴァンパイアもののひとつなのだ。キングのバーローとは正反対に、ストリーバーの女主人公ミリアムは、ストーカー流/東欧伝承をバック・グラウンドとせず、むしろリリス/ラミア伝承に拠ることで神話的/ラヴクラフト的な背景の拡がりを獲得している。そのキャラクター設定の貴族性・官能性・独善性や、不死ゆえの孤独と苦悩、歴史ロマンへの接近といったトピックは、その後の数々のモダン・ヴァンパイアものにインスピレーションを与え幅広いアプローチを可能になさしめただろう。知的で都会的で有能で趣味人で、しかしあくまで独善的で冷徹なミリアムの悪の魅力は、たとえばあのハンニバル・レクター博士をジャンルを超えて生みだしたとしても不思議はない。そして何よりストリーバーのオブセッションといえるほどのモティヴェイション!クライム・アクション/エロティカ/医学SFサスペンス/歴史ロマン/ラヴ・ストーリーがギシギシに詰めこまれながら一貫性を保ちブレがないのは、誰よりもまずストリーバー自身が、このミリアムという高次の存在を小説の中でつかまえよう/理解しようとしているからなのだ。意識化不可能な深層にアブダクションのトラウマを抱え、ワケも判らぬままやむにやまれずその存在をホラー執筆のカタチで探求する ― デイヴィッド・マレルにも比すべき強烈なモティヴェイションがこのリーダビリティ満点のエンタテインメントのウラにはあるのである。



数奇な偶然の運命がストリーバーにホラー/SF作家たるべく逃れようのないモティヴェイションを授け、自らの運命の浄化と再生を賭けたドキュメンタリー/カミング・アウトがその作家としての航路さえ変化させた。なまじ優秀な作家であるがゆえに、時にその “メッセージ小説” の失敗作は余計に痛々しい。が、2001年の『ラスト・ヴァンパイア』(ミリアム・シリーズ続編)が証明するように、ストリーバーの小説作法が全く失われたワケではないのだ。異例にもエンターブレイン社からハードカヴァーで発行された最新作『2012:ザ・ウォー・フォー・ソウルズ』を読むのはコワい気もするのだが、私はこの哀しくも愛しい作家の行く末を見届ける義務を感じている。そしてもちろん常に期待するのは、ストリーバーの本来の実力と新たなモティヴェイションとの高次の融合がもたらす畢生の大傑作である。



  


※1
オリジナルのブログ掲載が2008年ごろであったため、「最新作」等の文言にズレあり。以下全文で同様。



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