“バベルの図書館” 第5巻『死の同心円』ジャック・ロンドン、ホルヘ・ルイス・ボルヘス ―どうせ読むならバベルにせいっ!その5

もしジャンル・ミステリのフォーマットに飽き足らぬミステリ・ファンが、さらなるミステリ性をあらゆる文学に求めようと案内役を欲したなら(確かにそのような途方もない余分な読書時間を持つミステリ・ファンこそ少なかろうが)、選ぶべきは紛れもなくホルヘ・ルイス・ボルヘスであろう。ボルヘスにはすべての世界文学からミステリ叢書を編めるほどの蘊蓄があり、嗅覚があり、そしてもちろん、偏愛がある。



この巻でボルヘスが紹介するのは、抄訳のかたちで誰にも知られる児童向け読み物の原本である『野生の呼び声』の作者ロンドンではない。ロンドンの力量を「意のままに仕事のできるジャーナリストのそれ」とみなすボルヘスが選んだのは、いずれも直截な文体でわれわれをいきなりプロットにひきずりこむシャープでスリリングな短篇ばかりである。荒々しい辺境の自然と人間を描く十八番からミステリさらにはSFまで、ロンドンの筆致は常にサスペンスにあふれ、前史的/ジャンル外ミステリの興奮を与えてくれる。ここでは集中の最大の収穫物である二篇を紹介するにとどめておこう。



「恥っかき」では自然と人間双方による驚くべきウィルダネスが舞台となるが、それをも超える主人公のトリック、さらにはロンドンの巧緻なミスディレクションにより、われわれは二重の驚きを味わうことになる。その鮮やかさはナタリやアメナーバルにも匹敵する。

「死の同心円」の秘密結社的犯罪組織 “ミダス王の従者” は100年前に構想されたものとは思えないモダンな恐怖を催させる。30ページ足らずのこの短篇をもとに、たとえばディーヴァーやオーツやパラニュークなら、驚天動地のベストセラーを生みだせただろう。手紙の紹介という古き良き文学的クリシェが現代の読書子たるわれわれをも惹きこむその強さに、ロンドンの力量を感じ驚嘆すること必至である。



イタリアのフランコ・マリーア・リッチ社の快挙たるこの叢書の翻訳刊行に賛同がなされたのは世界でも五指に満たない国でのみである。ボルヘスがその文学を愛した英・米さえその秘儀に参入していない。その美しい判型と装丁の再現を見るにつけても、われわれはこの国に国書刊行会があることを感謝せずにはいられない。
※1 ※2


 


※1 過去エントリより原註
「五指に満たない」「英・米~」いずれも「月報30」による
それ以降の事実関係は未詳

※2
叢書 "バベルの図書館" は、その後フォーマットを変えオリジナルの全30巻を大冊全6巻にまとめたため、ブログ記事タイトルや本文と現在の巻のあり方に齟齬が出ている。好事家は美しいオリジナル判型版を中古などでコツコツと買い揃えられるがよろしかろう(付録の「月報」も付いていようし)。





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