『殺戮のチェスゲーム』ダン・シモンズ ー 器用貧乏と本領


その昔『カーリーの歌』を足早に読み捨てた私がダン・シモンズという作家に出会い直したのは、エレン・ダトロウの志高きヴァンパイア・テーマ・アンソロジー『血も心も』でのことだった。その短篇「死は快楽 "Carrion Comfort"」の主人公、いかにも南部アメリカな老婦人メラニーの独善性香る優雅さは、一見「ヴァンパイアもの」の下世話な派手さからはほど遠いが、このサブ・ジャンルの一端の正中を射ている。キングの『呪われた町』のバーローからストリーバーの『薔薇の渇き』のミリアムまで、スター・ヴァンパイアの独尊っぷりは戦慄とカタルシスのための主要成分で、臭えば臭うほど良い。



その長編版『殺戮のチェスゲーム 'Carrion Comfort'』は、同年1994年に邦訳刊行された『ハイペリオン』と同じ作者のものとにわかには信じられない焦点の定まった剛腕ホラー・スペクタクルで、狙いと切り口の清新さとジャンルへの理解の確かさで「ホラー作家 ダン・シモンズ」の名を私の脳内リストにしっかり刻みつけた。



テーマの斬新な処理・語り口・舞台取りでうるさ型のホラー読みをもうならせる短篇版からグローバルに舞台を拡げたこの長編版で、マインド・ヴァンパイアというコア・アイディアもまたより深く広い寓意性を持ってより強力に立ち上がってくる。人の精神を操りその苦痛や恐怖を糧としてほくそ笑み生きるヴァンパイアたちはドナルド・トランプや橋下徹にも似て、われわれ読者の戦慄と怒りは善玉主人公ソールへの感情移入に無理なく結実する。S・P・ソムトウ(ソムトウ・スチャリトクル)の『ヴァンパイア・ジャンクション』、F・ポール・ウィルソン『ザ・キープ』、ストリーバー『ラスト・ヴァンパイア』からレヴィンの『ブラジルから来た少年』、フォーサイス『オデッサ・ファイル』にまで通じる国際謀略冒険小説的な豪奢なスリルも、義心の復讐劇が果たされるヒューマンな涙のクライマックスまで一本の一貫した太い縦筋で繋げられており、文庫3巻に及ぶ長さも散漫さからのあくびを喚ぶことはない。切っ先鋭く濃度高くまとまった短篇がグランド・ロマンに拡大した例でなら、スタージョンの「赤ん坊は三つ」/『人間以上』やカードの「エンダーのゲーム」/『エンダーのゲーム』に並べ置きたい成功作だ。



驚異・脅威の活写っぷりもまた見事で、初盤の "チャールストンでの攻防" などは、私の脳裡に鮮やかな映像でくっきり浮かぶあまりそれが映画化作品のシーンでないのが我ながら不思議に思えるくらいだ。使用人や秘書はおろか通りすがりの誰しもを道具のように容赦なく操り使うメラニーとニーナの殺し合いは、キングの『ファイアスターター』の「押す」力の描写や、映画『タクシードライバー』、『ノーカントリー』の銃撃戦のすさまじくも異化作用のある暴力描写を想い起こさせ、同時にマインド・ヴァンパイアたちの非人間的な独善性と無慈悲さを不条理コミックよろしく効果的に提示する、胸の悪くなるような超絶技巧シーン。



私にはまったく理解できないことにSF作品のほうでもその道の賞を獲りまくったシモンズだが、この『殺戮のチェスゲーム』は順当に、ブラム・ストーカー賞、英国幻想文学賞、ローカス賞を獲っている。あの辺の長尺SFクロニクルにまったく食指が動かないという人にこそ、むしろホラー作家シモンズをおすすめしたい。精神的健康を疑いたくなるくらいのシモンズの猟奇グロテスク・マスターっぷりを手早く味わうなら、先に短篇「バンコクに死す」からでも悪くない。


  
 




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