『クローム襲撃』ウィリアム・ギブスン ー 早すぎたわけでもないノワールな鏡像


言わば「アルバムA面」の、最初の5篇の内、プロパーなギブスン流は「記憶屋ジョニイ」と「ホログラム薔薇のかけら」、そしてスプロール・シリーズ外の「辺境」に表れているに留まる。後半B面では一気に深く濃いギブスン流が続き、『ニューロマンサー』に描かれる多量の「わけの分からないこと」が全部あたりまえに腑に落ちることであるのが軽々と示される。50ページ100ページで『ニューロマンサー』を投げ出したという人こそ、この後半の4篇(スターリングとの共作を除いて)に虚心に当たってみるのをおすすめする。トピックと画角を絞ってある分この短篇群は、しっかりとSF短篇界の伝統的な美徳を備えており、サイバーパンクやウィリアム・ギブスンがけっして突然変異的な局時的徒花ではないことをノリ良く味わい深く思い知らせてくれる。



「赤い星、冬の軌道」はサイバーパンクの盟友ブルース・スターリングとの共作だが、短篇集『タクラマカン』以前のスターリングをほとんど評価していない私には、特に必要とも思えない収録作。ぶっちゃけ、こういう話はスターリング自身が独力で書くべきだったもので、一種のハッピー・エンドであるラストのひと捻りに表れる絵図も『タクラマカン』でのほうがより広く深く追求されている。

続く4篇はいずれも純度高き正真正銘のギブスン印の逸品であり、読み進める前になんなら「記憶屋ジョニイ」「ホログラム薔薇のかけら」を読み返し、スプロール世界に没入するためのリセット・助走・ジャンプ台にするといい。「ニュー・ローズ・ホテル」は、「ホログラム薔薇のかけら」を飛躍的に向上・拡大化させた小説技法で語り直した新ヴァージョンと言え、新人チンピラのジョニイがやがてそうなるであろう大人の古株チンピラを描いたドラマでもある。スプロール・シリーズでもその後の作品世界でも、ギブスン世界に生きる人々はカタギとチンピラと大企業と大犯罪者の間のどこかのグラデーション領域を行き来して生涯を過ごす人々であり、たとえばこの2010年代のわれわれ自身を見ても、それはあながち誇張された作り話でもないのだ。

「冬のマーケット」は驚異的な傑作で、「辺境」と並んでこの集中での私のフェイヴァリット。たとえばオースン・スコット・カードのように、時にギブスン/サイバーパンクの ”電撃的なピカレスク・ロマン” の結構を指して、人間や社会や未来や現実をフル・スペクトルで描いていないと批判的に見る向きもあるが、「マーケット」はそういったある種的外れな批判にも十分に応え得る深みと思弁を持っている。発表年上から『ニューロマンサー』直近/以後の、ROM人格構造物とシムスティムへのより緻密なヴィジョンに基づいて書かれた作と見え、何よりその鎮魂ブルーズ性の語り口が美しく泣かす。周縁/辺境に生きるアーティスト/アルチザンたちの哀切感あふれる生の描写は、『カウント・ゼロ』のターナーの兄ルーディ、『モナリザ・オーヴァドライヴ』のスリック・ヘンリイらにも引き続いて見られ、ヴェトナム戦争時に徴兵を拒否してカナダに移住したギブスン自身の肖像にも被る。

「ドッグファイト」は、どちらかというと文学派/ファンタジー方向の作家マイクル・スワンウィックとの共作だが、特に気にすることなく普通にギブスン流を楽しめる。何者でもない人々がいて、これといった理由もなくある種の敗残者である人々がいて、あらゆるカタギに敗残者となる機会がそこかしこに用意されているギブスン世界が、通奏低音を同じくする小品/エピソードの連投によってじわじわと読者を説得してゆくのがこの短篇集の強みでもある。

表題作にして掉尾を飾る「クローム襲撃」を読む頃には、その登場人物たちがどこにでもいる市井の人々の一部に過ぎない、と自然と思えるようになっているだろう。力も財もテクノロジーも、正規/非正規、上質/低質問わずなら、そこかしこに誰にでも開かれた形で、ある。カタギとして生きている人々はギブスンの画角の外にまだ少なからずいるはずだが、そのカタギの人々が従事している日々の活動がどれほどカタギなものであるかは彼ら自身も知らない。華々しく冴えた一生を生きるヒーローもヒーロー犯罪者もそこにはいない。そして善や美への志向や愛に似た何かだけが登場人物たちの心中にギリギリで消えることなく息づいていて、人生シーンのどこかで選択に影響を与えるのだ。



『カウント・ゼロ』や『モナリザ・オーヴァドライヴ』で、『ニューロマンサー』にも増してそのドライヴィングな話運びが賞賛されたのは不思議ではない。シヴィアで冷徹な傍観観察者でもなく、テクノロジー礼賛のパワー信仰者でもないギブスンが描くのは、常に抗い足掻く市井の人々の姿なのだ。ジャック・ウォマックへの共感やスプロール・シリーズ後の方向性は、衝撃的なSF未来活劇からは離れる一方かもしれないが、エンタテイニングな繁盛騒ぎとは別に、ギブスンの身上は最初からここ『クローム襲撃』に確とある。


 


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