『老いたる霊長類の星への賛歌』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア ー 飛ばし読みしてもなお満腹


前エントリでそれとなく触れたような、”ある意味「微妙」な箸休め、お戯れ、実験作” については端折り、ただならぬ印象を残すティプトリー印の正攻法作に絞って採りあげておこう。「作家論」的なことを求め読み語りたくなりその資料としても再読する、というレヴェルにまでティプトリーを好きになった後になら、私がここで端折った作品にもなお読むべき何かがあろう、ということまで否定はしない。



「一瞬のいのちの味わい」は、「汝が半数染色体の心」に負けず劣らずの発見の歓びを初読の私に与えてくれたプロパー・ティプトリー印の強烈な傑作。これまた単純に「ジェンダー・テーマ」だけでは括れない、壮大で哲学的なアイディアを逆照射メソッドでガツンとかましてくるコズミック・ホラー。知性の意味・意義、知的生命体の意味・意義、文明や倫理の意味・意義を問い直させる鋭い切っ先という点から、ブルース・スターリングの「巣」、ウィリアム・ギブスンの「辺境」、A&B・ストルガツキーの『波が風を消す』辺りをも連想させる。そういえばその辺りの「宇宙SF」仕立てとその使用法もハードでシャープでクールでモダンな感触がよく似ているのであった。宇宙冒険活劇SFやハードウェア・ハードSFにはアレルギー、ってな人にこそおすすめしたい。

「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」は、もちろん「その時代の傑作」ではあるはずだが、その後のSF界の成熟ゆえのその道の作品群を読み、読みつけている人なら、むしろ少しくがっかりさせられても不思議はないジェンダー/フェミニズム・テーマの作品。とは言いつつも私が妙に偏愛するのは、「その世界」に落ち着くまでの導入部の緊迫感に滑稽味の笑いすら混じる描写力で、「ブラフ」にあたる部分さえシャープで甘さのないモダンSFの水準がそこにある。

「すべてのひとふたたび生まるるを待つ」は、アーシュラ・K・ル・グィンの謂うところの「サイコミス」の一種で、そういう意味ではモダンでプロパーなティプトリーSFに絞って語るはずのこのエントリには必ずしもふさわしくない。にもかかわらず私はやはり、この剛球が捨て置けなく大好きなのだ。ダークな大人向けファンタジー、ホラー、カタストロフ・スリラーの味を濃厚に併せ持ち、とにかく無類に面白い短篇という点で、私的にはテッド・チャンの「地獄とは神の不在なり」と被る強印象がある。ただただ圧倒の読後感の後には「それにしてもいったい何だったんだ?」とあれこれの思考の連鎖を読者にせっつかずにはおかない弩級の思弁小説であり、それゆえにこそサイコミスの出番だったということだろう。私見では、「一瞬のいのちの味わい」と繋がる裏返しの神話であるフシがあり、たとえばHIVやエボラのことを思えば、そしてガイア仮説のような方向にその思いを致せば、SFとは程遠いはずのこのファンタジーを、さすがのティプトリーでもプロパーSFに仕立て上げられなかった ー と言うより、さすがのティプトリーだからこそ敢えてサイコミスの形を採り、SF仕立てではこぼれ落ちかねないすべてを十全にこめた作品、と褒め上げてしまっていいだろう。美しく切なく哀しい昔話のような基調を持ち、細部を忘れてもその荘厳な印象がいつまでも心に残り続ける異形にして古典的な傑作。



ここまで語っておけば、もうどうせティプトリーを読む気満々となっている人が多いだろうから遠慮なく言えるが、ティプトリーの短篇集はけっして傑作傑作また傑作と満足感いっぱいで読めるものではない。拙エントリをきっかけに、たとえば編纂順に『故郷から10000光年』から読み進めていこうという人もまた、ところどころで「何のこっちゃ?」というお遊び作や散文詩を読まされることになろうから、プロパーSF、または小説としての完成度にこだわる私に似たような人には『愛はさだめ、さだめは死』から、を老婆心ながらおすすめしておこう。





にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  
にほんブログ村

プライバシー・ポリシー



プロフィール

Author:eakum
はてなダイアリーから引っ越してきました

スポンサード・リンク






カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する