『秘密の武器』フリオ・コルタサル ―『秘密の武器』の秘密の武器

TVK:テレビ神奈川の『シネマ@7』は地上波放送局のコンテンツとして一、二を争う優良映画枠であろう。アレハンドロ・アメナーバルの驚異の第2作『オープン・ユア・アイズ』をたまたま観たのもこの番組でのことだった。ミステリとして完璧な、細心・緻密・入念なストーリー運びで上映時間の8、9割がたまで観客をハラハラドキドキひっぱっておいて、“でも、大丈夫?どう解決つけるの?謎多すぎ矛盾多すぎじゃない?” とおかしな親心まで抱かせといて、ラストは横紙やぶり掟やぶりのジャンル越境超絶エンディング!そのとき私は、よく似た手法の傑作として、コルタサルの「秘密の武器」を想い起こしたのだった。
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国書刊行会の『世界幻想文学大系』第三十巻であるこの『秘密の武器』、コルタサルのオリジナル短篇集第2作の全訳ではあるが、収録作わずか5篇、しかも定評ある「悪魔の涎」「追い求める男」の2篇が既出・既読とあれば、わざわざ3300円出して買う理由を見つけだすのが難しいというものだろう。が!ここには究極の秘密の最終兵器というべき傑作短篇がひそんでいるのだ。いささか異例のことながら、ここではその表題作「秘密の武器」を語るためだけに全紙幅を費やすことにする。
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コルタサルの短篇では、現代のわれわれの日常世界と地続きの、カジュアルで馴染み深い現代型若者世界が舞台になることが多い。この短篇でもわれわれは、つまらぬことに一喜一憂する若者たちの恋愛模様にかわいらしさとおかしみを感じつつ作品世界にすんなり入っていくことになる。自由自在の、遊びの効いた、“意識の流れ”を半分シャレのめしたよな文体は、退屈なはずの背景説明をポップにドライヴィングにこなし、コルタサル初心者にも、毛色の変わった楽しいノリの青春小説のように読み始めることができるだろう。だが既にコルタサルの秘密の罠は少しずつ仕掛けられている。「二連銃」「アンジャン」― ヴュー・ポイント・キャラクター:恋する若者ピエールの思考に時折唐突にふっと浮かぶ無意味な出所不明の連想。しかしわれわれはそれを、意外と思索肌のこのピエールならではのランダムな思考の内の一片のバグだろうと、ちょいと気をとめるだけで読み進めていくことになる。



なかなか最後の一線を越えさせてくれないピエールの恋人ミシェル。が、両親の二週間の留守に別荘に招いてくれると言う。さあ、いよいよ、と盛り上がるピエール。そんなお約束のロマンスの進展をよそに、コルタサルの罠はひょこひょこあちこちに顔を出し始める。トリガーが引かれわれわれもワクワクと推測を始める。もしかしてミステリ?サイコ・サスペンス?記憶喪失モノ?トラウマが...?だがわれわれの型通りで単純な期待は見事な形で裏切られる。コルタサルの伝家の宝刀:「幻想」が、まさにドンデンと作品世界をひっくり返し、読者はあっけにとられ、混乱し、ニヤリとし、さっそく頭から再読し始める羽目になるのだ。



1914年生まれ、ボルヘスより15歳年下の、’51年以降フランス住まいのコルタサルのアドヴァンテージがここにある。小説・映画におけるミステリ・ジャンルの充分な成熟・流布がコルタサルに、そのフォーマットをメタ・ジャンル的なミスディレクションの材料として使うことを可能になさしめたのであろう。良質のホラー/ミステリにも見つけ難いメタ・カタルシスがここにはある。



幻想短篇というジャンルを愛し、そこに独自の技巧とモダンさとクールさを盛り込むことを楽しんでいたイカす小説書きとしてのコルタサル。その典型的な側面がこの「秘密の武器」には最高の形で表れている。『石蹴り遊び』や『愛しのグレンダ』をたまたま手に取り即座に投げ出したあなたにこそ、だまされたと思って読んでみてほしい。実際だまされることになるのだが、その快感は唯一無比のものであるはずだから。


 


※1 ※2
初稿が2008年頃のもののため時制はその当時のままとした。当該番組枠は既にない。
また、オリジナル版に対する言及であり、文庫版へのものではない。


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