“バベルの図書館” 第27巻『祈願の御堂』ラドヤード・キプリング、ホルヘ・ルイス・ボルヘス ― どうせ読むならバベルにせいっ!その27

もしジャンル読者がSF・ホラー・ミステリの世界でますます底流として力を増す世界文学へのインターテクスチュアリティにしぶしぶながら目を向けなければならないとしたら(確かにそのような途方もない仮定は条件節としてすでに破綻していようが)、選ぶべき師匠は紛れもなくホルヘ・ルイス・ボルヘスであろう。ボルヘスにはわれわれの求める慧眼があり、蘊蓄があり、そしてもちろん、産婆術がある。



この巻の序文でボルヘスは、抑え気味にではあるが熱狂的に、過小評価されたお気に入りの作家キプリングの掩護射撃を試みている。その筆致はずっと慎ましやかなものながら、現代のレヴュワーの挑発的戦略をも感じさせ、いつも以上に微笑ましい。またそこに描かれたプライヴェートでのキプリング像は、おそらく「トレーン」のハーバート・アッシュのイメージ源の一端であろうと推測するのもまた一興であろう。



この巻でボルヘスが紹介するのは、われわれがむしろディズニーのアニメ/絵本で知っている『ジャングル・ブック』の作者キプリングではない。ここではいささか異例なまでの紙幅を費やして意外な拾い物的傑作「アラーの目」を紹介しておこう。

ボルヘスによれば「幻想物語ではなく、実際にあるかもしれない物語」であるというこの短篇は、そうであったとしてもやはり十分に目くるめく驚異に満ちた作品だ。エーコやジュースキントやアンダーシがベストセラーとしてもてはやされる昨今に生きる読書子には、ボルヘスにとってそうであったろう以上に、その細密なテクストそのものが素晴らしい。修道院の写本部の細密画家である主人公の仕事と日常を通して、教会と信仰と科学と芸術が語られる。われわれはそこに、当世流行のある種のタイプのSF/ホラー/ミステリで読む以上に端正にも眩惑的に描かれた近世ヨーロッパの情景を目にする。修道院という閉じられた世界の日常が無駄なく親しみやすくかつ豊かに語られ、われわれを無理なくドライヴしてくれるが、そのうちにわれわれは、ヒエロニムス・ボスにも似た主人公のモティヴェイションとタスクに惹きこまれ、最終的には多大で複雑な、予想もつかない形の満腹感を味わうことになる。それはノンフィクションと歴史小説とミステリと綺談とエッセイとを合わせた、結局は「短篇」と呼ぶ他ないものの粋である。エーコの『薔薇の名前』があれほどの売上と評判と論議を生むのをよそに、いまや誰も見向きもしない古の文人の、有名作でもない一篇がこれほど強力であり得るのは、実はわれわれ現代人の知性がますます劣化していることの逆説的な証左だろうか ― そんな挑発的言辞を使ってでも是非おすすめしたい逸品である。



この叢書でフランコ・マリーア・リッチ社と国書刊行会が提供するのは、古の知識人層のそれを想わせる書物との豊かなつきあいそのものである。美しい判型と装丁のその一巻を手にとり、折りにふれ世界文学の一端一端に触れるのは、ノルマに追われる現代読書子にとってオアシスのような時間となろう。



 





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