『ザ・キープ / 城塞』F・ポール・ウィルソン ー モダン・ホラーの妙薬


スティーヴン・キングの『呪われた町』はまぎれもなくヴァンパイア・ホラーの傑作だが、一般読者層以上に同業者たちに与えた衝撃が大きかったという。その受けたインパクトを隠すことなく語っているホラー/SFジャンルの小説家たちは少なくなく、それまでは主にSFの人であったF・ポール・ウィルソンもその代表的なひとりだろう。



大枠で “このホラーというジャンルで、まだこんなことができるものだったのかと目から鱗が落ちる想いだった” とそれぞれに衝撃を受けた作家たちは、それぞれに開かれた新たなその目で「キング以降」のホラーを物す。中でもこのF・ポール・ウィルソンの『ザ・キープ』は真っ向勝負のヴァンパイアもので、『呪われた町』の示した美徳 ー 現代性、リアリティ、メタな再解釈性をたっぷり持ち、なおかつそこにウィルソン独自の新造神話ロマン性までもが上乗せされて、心躍るモダン・ホラー満漢全席となっている。



『ザ・キープ』の成功の素は、まずその見事な舞台立てにある。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの侵攻盛んだった時代のトランシルヴァニアを舞台にして、吸血鬼・ナチス・無辜の人間たち、というコンフリクトに満ちた対決の絵図が示され、われわれは無辜・善性の代表格たるユダヤ人学者クーザとその娘に寄り添い、伝承上の超自然の魔人と形而下の厳然たる悪であるナチス、どっちに与するべきかという、素朴な勧善懲悪ストーリーとは一線を画すプログレッシヴでモダンな対立構造に引きこまれる。いわば「第一の」主人公であるクーザとともに、超自然のダーク・ヒーローが人間世界の巨悪を葬るのを期待させられてしまうのだ。そこでの吸血鬼モラサールの人物造型は歴史的モデルのヴラド・ツェペシュをもトリッキーに模したもので、クーザのみならずわれわれをもミスディレクトし、一風変わった胸躍る活劇ロマンへの予兆でゾクゾクドキドキを喚起する。



いかに凶悪であろうとたかが人間、手もなく退治されていくナチスの将兵たち。だが「第二の」主人公、娘のマグダにメイン視点が移るや、われわれはクーザ教授がブラム・ストーカーのレンフィールド、キングのストレイカーのような露払いの下僕に我知らず堕ちていくのを眺めることになる。結構なホラー読者でも舌を巻かされるのは、ドラキュラ伯爵からバーローに大幅アップデートされ踏襲された、悪の心理学者にして教父でもある悪役像のプログレッシヴさにである。人間は人間であるゆえに、年古りた邪悪の精髄たる魔物からすれば容易に操れるカモにして駒に過ぎず、人間的な善/悪の観念ごときは軽々と曲げてエサとするのに手頃なものでしかないのである。そこには『エクソシスト』の悪魔や『呪われた町』のバーローの系譜に連なる、奸計と腐敗自体を悦ぶ畏るべき純粋悪の姿がある。



ナチスですらアマチュアにみなされるような悪の支配に世界が面すること必至!となる物語の佳境で、「最後の、真の」主人公グレンがヴェールを脱ぎ、ラヴクラフティアニックに壮大な神話世界がわれわれの視界に開ける。多分にゲルマン的でル・グィン流ファンタジーにも似た、古風で懐かしいロマンに溢れるクライマックスと大団円は満腹保証で、すれっからしのホラー読みをも童心に帰らせ清涼感ある意外な満足感で充たすだろう。結果的に何かに開眼したウィルソンは、以降この作品を皮切りとする ”アドヴァーサリ・サイクル” の作品群を放ち、リーダビリティ抜群の人気作家ともなっていく。



げに三重にも偉大なるかな、スティーヴン・キング。F・ポール・ウィルソンもホイットリー・ストリーバーもピーター・ストラウブもデイヴィッド・マレルも、ホラー・ジャンルの水準点を刷新したキングの力技なしには、ジャンルの固陋な袋小路のどれかにはまってウダウダと足踏みを続けていたかもしれない。思い入れの大きさのあまりなかなかエントリで採りあげるに至らない私なのだが、その内必ずキング作品について書くのを心中に誓わせるに十分な、いまさらながらの『ザ・キープ』回想なのだった。


 


※私が読んだ1984年の角川文庫での初邦訳版は『城塞』の邦題だったが絶版のため、便宜上扶桑社ミステリー版『ザ・キープ』を本文中では使用した。


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