“バベルの図書館” 第9巻『代書人バートルビー』ハーマン・メルヴィル、ホルヘ・ルイス・ボルヘス — どうせ読むならバベルにせいっ!その9

もし全ての20世紀前衛文学の流れをたった一人の作家を読むことでつかみ、それを総括としてそれっきり忘れてしまいたいとしたら(確かにそのような途方もない横着をきめこみたいと思う読書子こそ少なかろうが)、選ぶべきは紛れもなくホルヘ・ルイス・ボルヘスであろう。ボルヘスには世界文学を総括し、そのうえでその価値ヒエラルヒーを亡きものにしてしまうだけの素養があり、文体があり、そしてもちろん、愛がある。



叢書 “バベルの図書館” の序文におけるボルヘスは、全ての世界文学の巨匠がかれの弟子であり、同輩であり、また師匠であるかのように語る。その語り口は、ごくごく個人的な、他のなにものをも後ろ盾として必要としないものであるがゆえに、われわれに易々と教えこんでくれるのだ — 文学、恐るるに足らず、ただ楽しむべし、と。



この巻でボルヘスが紹介するのは、興味を抱いた九割がたが早々と放棄してしまうであろうあの『白鯨』の作者メルヴィルではない。ページ数も巻数も無視して本当に自分が選びたいものだけを選ぶボルヘスがメルヴィル作品から選んだのは、ノヴェラと呼ぶしかない中途半端な長さのこの「バートルビー」1篇である。そのことがまさにボルヘスの狙いを語っていよう。われわれはそれを、まったく気負うことなくお気に入りのSF作家の長めの短篇を読むくらいのつもりで楽しめばよい。リアリスティックなはずなのにファンタスティックな、牧歌的にクラシカルなはずなのにモダンにスペクタキュラーな、地味ながら驚くべきストーリーが、いつの間にか易々と軽々とわれわれをドライヴしてくれる。



パルマのフランコ・マリーア・リッチ社と巣鴨の国書刊行会による美しい判型と装丁をもつこの叢書は、現代日本人の書棚にあっていかなる蔑視も免れる唯一の全集であろう。子の、孫の代まで活きた財産として残り、新たな異能作家を産みおとすのはこうした快挙であるはずだ。



 





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