“バベルの図書館” 第18巻『塩の像』レオポルド・ルゴーネス、ホルヘ・ルイス・ボルヘス ― どうせ読むならバベルにせいっ!その18

もし気乗りのしない世界文学の大海への船出の際に、ジャンル小説読者が水先案内人をひとり選ばなければならないとしたら(確かにそのような途方もない航海にあえて乗り出す必要が必ずしもあるわけでもなかろうが)、選ぶべきはホルヘ・ルイス・ボルヘスであろう。ボルヘスにはパイロットとして十分な、知識があり、経験があり、そしてもちろん、接客術がある。



常にクールで諧謔に満ちた、言わば人文科学の全てを幻想文学とみなすゆえの軽やかな面白がり視点で序文を物すボルヘスが、この巻では赤心にあふれ涙と興味を誘わずにはおかないシリアスな筆致で、同郷の先輩作家ルゴーネスを紹介する。冷徹な批評精神の矛先を鈍らすことなく自戒と哀悼を十二分にこめたその鎮魂歌は、序文作家ボルヘスの魅力を余すところなく伝える入門編として最適だ。



われわれがここで出会うのは、よほどのラテン・アメリカ文学好きででもなければ生涯気にすることもないはずの、レオポルド・ルゴーネスという名の詩人/著述家である。その生涯や業績はボルヘスの序文と「月報」に詳しいが、たとえそうしたものに無関心であっても、この作家の幻想短篇はそれ自体で十分楽しめる。現代読書子のすれっからし代表であるSF/ホラー読みは、その気負いも力みもない、事もなげな幻想の導入ぶりに一種のショックを受けるはずだ。ボルヘスの持論どおり、文学の合言葉は森、であり、様々な順/逆方向のエコーを聴きながら虚心に楽しむのがこの図書館の利用法なのである。



聖書やギリシャ神話やウェルズやポーの芸風を遠近に材とする、いってみればボルヘスの先輩格である短篇作家ルゴーネスだが、この集の掉尾を飾るロマンティックかつシリアスな作品「ジュリエット祖母さん」をこそ私は特に採りあげておこう。ごく普通の、超自然的な要素をまるで持たない日常を舞台とするこの短篇は、むしろそれゆえにこそルゴーネスの「驚異」への嗅覚の鋭さをより強く知らしめるに力ある。古色蒼然たる近代ヨーロッパ型社会の住人である主人公2人が、否応なくまた漫然と達するに至った奇怪かつ普通な状況で、哀しくも滑稽にしてまた悲劇的であるような、したがってやはり「驚異」としか言いようのない結末へと進んでゆく。ソーシャル・シュールリアリスティック・ミステリだとかサイコロジカル・メタ・ロマンティシズムだとかのこなれの悪い新造語を使って何通りもの褒め方を試したくなるような、比類のない傑作としか言いようがない — であればただ「とにかく読め」と言っておいても充分だろう。



読む必要がある以上に持つ必要のある書物など現代日本にそうは無い。A5変型・函入りのこの美しいシリーズは、順調に売れ続け順調に増刷され続けない限り、たやすくコレクターズ・アイテムと化し、入手はおろか拝読も叶わぬ幻の名叢書となり果てよう。  ※1



想えば私が序文作家ボルヘスと出会ったのも、このルゴーネスの集でのことであった。幾度となく使わせてもらった例のイントロのネタ元を — 「もし〜としたら... であろう」「Aがあり、Bがあり、そしてもちろん、Cがある」 — 私はいまここに明かす(だからといってこれ以降使わないわけではないが)。



 


※1
初出原稿から数年、実際に「A5変型・函入りのこの美しいシリーズ」はいまや絶版





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