『火星の長城』アレステア・レナルズ — 続けよその世界、とファンたちは常に祈る

想えばサイバーパンクってものにはかなり厄介な刃をSFの喉元に突きつけた面があって、その後のSF作家たちが宇宙や未来においそれと手を出せなくなってしまう大要因となったきらいがある。「その後のその後」を2010年代も後半のいま顧みれば、アレやコレやの言わば「文学肌」SFや、'70年代のぶり返しを想わせる非プロパー長大シリーズの人気の復活やは、サイバーパンクのシリアスネスとアクチュアリティへのふて腐れの反動とも観れるかもしれない。



一過性のものに終わったかに思える往時の「ニュー・スペース・オペラ」勢の内で、アレステア・レナルズはハードSFと人間ドラマとサイバーパンクを融合させんと頑張る精力的な小説巧者だった。ハヤカワからの<レヴェレーション・スペース>シリーズの3長編と2分冊の短篇集以降、邦訳刊行は絶えたが、その長大かつ絢爛かつ食いしん坊なシリーズが深化を併せ持って続いていたら、ヴァーリイ、ギブスン、スターリングから下手すりゃコードウェイナー・スミスに至るまでの魅力を兼ね備える未来史シリーズとなっていたかもしれないのに(その後の原著は読んでいないので未詳なのだが)。



スミスの<人類補完機構>、ヴァーリイの<八世界>、スターリングの<シェイパーVSメカニスト>、いずれの未来史シリーズもその読者に「もっともっと、もっとないの?」と思わせる、漁り切った後にはないものねだりの不満がつのるものだった。十分な質を保った十分な量の短篇・長編が粒ぞろい、ってわけにはいかなかったそれらのシリーズと比べて、レナルズの初動のシリーズ短篇・長編群は何よりその分量とスペクトル幅が満腹保証のものだった。連接脳派VSウルトラ属VS無政府民主主義者の三つ巴の抗争という深層コア縦軸は、スミス、ヴァーリイ、スターリングの良いとこ取りにしてその贅沢モダン版ともなるはずのもので、SFでやれることがほとんど全てやれる欲張りで重タスクの大風呂敷フォーマットだったのだ。ここでは、いまは亡き(?)その豊穣の未来史青写真を惜しみつつも、それぞれ独立した良品としても楽しめる各短篇に触れておこう。



狂信カルトにしてヒューマニティの否定か、それとも真理と進化への道か ― 脳内インプラントで集合意識「超啓蒙意識」にすべての個人がつながって生きる<連接脳派>。地球に残った保守派人類<純粋神経連合>の殲滅作戦からの決死の脱出劇 ― 。時系列順の日本編集版の親切設計のおかげで表題作「火星の長城」は楽しさ2割増しの格好のイントロになっている。遠未来・遠宇宙でのエピソード『啓示空間』も『カズムシティ』もこういう地道で真面目なところからスタートする未来史の一部として捉え直すと、むしろ再読でより楽しめるはずだ。レナルズ未来史のとりあえずの軸である図式:連接脳派VSウルトラ属VS無政府民主主義者は、人類進化のヴィジョンと政治抗争ドラマのハイブリッドというコンセプトがスターリングの頭の中だけで空回りしてるだけって面もあった<シェイパーVSメカニスト>より格段に親切・丁寧・丹念で、それゆえもちろん面白い。タイトルから共産中国の「長征」を意識してる?って連想も浮かぶ。

「氷河」は、なんかもろにカーペンターの『遊星からの物体X』を想わせる舞台でミステリ仕立てに演じられる一種のコンタクトもの。スターリングが俄然本領を発揮する、ホモ・サピエンスとは抜本的に異質な生命/知性を描いた各名短篇を彷彿とさせる。シリーズ・キャラクターが狂言廻し的にでもチラチラ場所を変え時代を変え登場してくるのは便利かつ効果的なメソッドで、読者側でもだんだん思い入れが持ててくる。ヴァーリイの「火星の王たちの館にて」やギブスンの「辺境」のようなシリーズ外の良品をも、シリーズの枠内でやってしまうというようなクレヴァーさも香る。

「エウロパのスパイ」もまた、スターリング色の強い政治スリラーと身体改変もののハイブリッド。細部のシャープさモダンさはサイバーパンク直伝のものながら、水棲人類ってメインねたにはいい意味でクラシックでロマンティックな香りがある。そういう点で、バクスター、ベンフォード、ブリンなんかの宇宙ハードSF(?)のファンをもとりこめる可能性がレナルズにはある。私などは読者幼年期に読んだクラークなんかも思い出してしまった。

「ウェザー」では、SFでやれることがほとんど全てやれる大風呂敷フォーマットの利点がかなり強く感じとれる。おそらくレナルズはいろんなSFがいろんなふうに好きで、好きな形のSFのアレやコレやを全部自分なりに試してみたい人なのだろう。この短篇でも、ウルトラ属の生き方、連接脳派の歴史、と未来史に連なる部分をちょこっと垣間見せながら、ギブスン - イーガン枢軸のモダンなアイディア、そしてティプトリー、ヴァーリイを想わせる泣かすビター・スウィート・ロマンス、と欲張り放題。で、ちゃんと成功してるから恐れ入る。3人類勢力鼎立の図式をはったり設定で終わらせない、心情的バック・グラウンドの丁寧な裏打ち。

邦訳にして約200ページ、中編「ダイヤモンドの犬」はリーダビリティ抜群の、エンタテインメント性ではこの集の白眉。レナルズ未来史の「本筋」とはあまり関係なさそうながら、『啓示空間』『カズムシティ』の別日譚(なんて言うかな?)の部分も楽しめ、登場人物とその関係性にディレイニーっぽいスペース・オペラ性もあり、ナタリの『キューブ』かストルガツキーの “ゾーン” か、ってなスリルを「血の塔」探索で無心に味わうもよし、と。シリーズ外伝的なエンタテインメントをつい気分がノッて書いちゃった、ってな時も、レナルズの場合、量も内容もてんこ盛りなのだ。



シンギュラリティ突破の超AIも超光速航法もあえて採択せず、サイバーパンク直系のガジェットと力学満載のリーダブル、スリリング、ドラマティックなSF未来史の1片1片を、コツコツ、というかドカドカ量産していたアレステア・レナルズ。不思議なくらいにライトでソフトな新規SF読者層開拓戦略を採るハヤカワを見るにつけ、私はこの恵まれざるプチ過去のプチ新星を愛しく懐かしく思い出すのだ。








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