「アミールの時計」イアン・ワトスン — ノヴェレットの魔術師#3

イアン・ワトスンというのは困ったSF作家で、一概に「スゴい」と言い切れる作品を書く作家とは言い難い。実際、私は長編『エンベディング』『ヨナ・キット』『オルガスマシン』と短篇集『スロー・バード』を読んでいるのだが、どういう話でどこがどう良かったかと説明できるものが... いや、やっぱり1.0作も挙げられない。正直言って、この人はSFが、もしくは小説が書けるのか、で済ませてしまってもいいくらいなのだ。そういう点ではバリントン・J・ベイリーやチャールズ・ストロス、また部分的にブルース・スターリングにも通じるところがあるが、私的にはその3者は、少なくとも面白いSF小説をもちゃんと書いている。ワトスンの殊に長編SFは、「そいつはスゴそう!」という鬼面人を驚かす奇想アイディアを2つも3つもぶちこむ剛腕が売りとは言えようが、如何せんストーリー運びは面白くないわ途中で息切れするわ何かがどこかに行ったきりだわで、読み終わった時にはいったい読んでよかったのかどうかがまったく分からなくなっている、ってな弱さがあるのだ。



と、ここまでワトスンを貶しておきながら、というよりまさにそれゆえにこそ、私はこの短篇「アミールの時計」を激しく推しておきたくなるのだ。いつもの豪速球級バカSF奇想 — 無生物にとって神とは何か? — が、ここではおそろしく洗練されたスマートな手法でさらっと料理されている。英国の女子大学生の、たまたま御学友となったアラブ/イスラム圏からの留学生の王子さまとのロマンス... と見せかけて、軽快で動きのある話運び、モノローグも含めての絶妙な仄めかしで、ぶっ飛びのコアSFアイディアの正体が立ち現れてくるゾクゾクする歓び。そこには、熱い滾りをぶちまけるのに必死な不器用な若きヴィジョナリーがいきなり30歳も齢を食って覚えたような「軽み」がある。読者を何食わぬ顔でしれっと騙して軽快に引きずり回しエンディングに向けて加速度を増しカツーンスコーンと認識ショックを食らわせてスパっと幕を引く短篇作者の手練がある。「ネタはいいんだけど調理が、ねぇ?」と言われがちであろうワトスンの、びっくりするくらいにシャープなパワー・ポップで、しかもなおかつ先進的なSFでもあるのだ。



英国オリジナルが1987年の『アザー・エデン』に収録のこの短篇は、後に奇想バカSFとポスト・サイバーパンクの新ハードSFが出逢うシンギュラリティSF/ニュー・スペース・オペラを軽い薄ら笑い含みであっさり先取りしている。神人同形の図像表現を禁忌するイスラム教を、無生物の神、機械の神、情報体としての神へのアプローチに使うというのは、ウィリアム・ギブスン『カウント・ゼロ』でのフードゥーにも似て、ゾワゾワする新型コズミック・ホラーを人類史になすり付けるさりげなくも強烈な荒技だ。果たして語り手の女子大学生はアミールと機械精神国家体のヴィジョンに対しどう出るのか?胸躍るようでグダグダ必至のそんな大上段大長編を、ワトスンは書くことなく仄めかしだけで完結させ得ている。



SFはヴィジョンの文学とはよく謂われることだが、SF小説は少なくとも小説ではあるべきだろう — ポピュラー・サイエンスのマニフェスト文芸を志すのでない限りは。30年を経てもなおそのヴィジョンと認識ショックの快感で読む者の頭と胸に「やられた!」の爽風を送るであろうこの短篇に、私はエヴァーグリーンな傑作SF短篇の粋を見る(少しネタばらしをし過ぎた感はあるが)。





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