「嵐の夜」マクナイト・マーマー — ノヴェレットの魔術師#4


タイトルでは自分の原体験に則して「マクナイト・マーマー」と表記したが、おそらくはモルマー、またはモーマーであろうMcKnight Malmarという作家のことを、私は他の件でまったく知らない。私がこの作品に出逢ったのは、あろうことかKKベストセラーズの『心理サスペンス―あなたに恐怖を!』とかいう2流臭い新書シリーズの1冊でであった。実はその途の大物エージェント/アンソロジスト:カービー・マッコーリーの『Frights』の不完全な翻訳版であったこの本で、フリッツ・ライバーの序文に続いて1作めの短篇として収められていたのがマクナイト・マーマーの「嵐の夜 The Storm」だったのだ。



日本出版界の時代的な不幸とも繁栄の逆説的な証しとも言えるそのおかしな商品化スタイルにもかかわらず、この本の収録作の半分は私を魅了した。さすがのマッコーリーの人脈のおかげか、テラーともスーパーナチュラル・ホラーとも取れる、「心理」と「サスペンス」の部分に大きく比重を置いた良作が揃っていたのだ。後の出逢い直しによって私もずいぶんお世話になることになるデニス・エチスン、常なる「得意技」とは趣の異なるスタイルで意外な巧さを見せるブライアン・ラムレイ、ラムジー・キャンベル。駆け出しのこども読者だった私にはまったく未知の名前ばかりながら、当時これほど「高級」なホラー短篇群をずらっとショウ・ケースされた経験はなかった。



いわゆる「不条理の恐怖」モノともサイコ・サスペンスともリドル・ストーリーとも言える「嵐の夜」は、この本を実家に眠らせていたおかげで大学生の時分までは度々読み返したものだった。その時には既にちょっとしたすれっからし読者となっていた私だったが、その「現象」「事件性」の少なさにもかかわらずコンフリクトと心理描写の過不足ない堅さによって読ませ切る巧さに毎回舌鼓を打たされたものだ。



今の私や最近のホラー/ミステリ読者がこの短篇を読んだらどう感じるのだろう?そんな素朴な疑問が、私をちょっとした探索ミステリに迷いこませ思いがけず楽しいカタルシスをもたらしてくれた。ウェブ上の英語ページにも原本(及び増補再発版)『Frights』の詳細な書誌情報は見つからず、英語話者による賞讃はやはりラムレイ、キャンベル、エチスンの作、もしくは邦訳版未収録の他作品に集中しており、ゆえに私はしばらくの間、そんな作家も作品も実在せず、訳者の矢野浩三郎氏によるシャレの自作インサートだったのではないかと疑っていたのだった。が、グーグルのサジェストが作家名の正しい綴りを教えてくれ、ローレンス・ペリン編『Story & Structure』への収録、さらにはあのヒッチコック編『Bar the Doors! Terror Stories(1946)』への収録までもが辿れたのだった。ミステリ/ホラーの世界にはままあるように、たとえワン・ヒット・ワンダーに留まることになっても、傑作やその作家の名は永久に人の心を捉え続け生き存え続けるのだ。



原本の実物を手に取ってみないことには、結局『Frights』と『心理サスペンス―あなたに恐怖を!』と「嵐の夜」の関係は確かめられず終いになってしまいそうだ。だが、わたしは気にしない。アドロゲーのホテルでの静寂の日々、ブラウンの『壺葬論』のケベードふうの試訳の校訂を続けるのだ(別に出版しようというつもりはないが)。






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