『クローム襲撃』ウィリアム・ギブスン ー 現代SFの密度、濃度、速度のものさし


ウィリアム・ギブスンの偉大な業績の特質はもう当時から十二分に周知されていて、そこにわざわざ付け加えるべきことなどもはやない、と私は思っていた。が、昨今2010年代のコードウェイナー・スミスやジョン・ヴァーリイやの再発掘評価の流れを見れば、価値あるSF作品の真価と評価は各々のSF読みの不断の努力によって上書きされ固められ広められなければならないということもまた確かだ。このブログでは常についでに言及する対象程度に留めていたギブスンの作品レヴューを、なんなら再ブームへの期待をもこめて時節外れに放っておこう。



おっかなびっくりのSF初心者にキツい門前払いを食らわすことで定評ある第1長編『ニューロマンサー』をギブスン初体験に選ぶのは確かに悪手で、いっぱしのSF読みなら初心者にそういう不親切なガイダンスをすべきでない。ヴァーリイの『へびつかい座ホットライン』がそれまでの八世界シリーズ短篇世界の総ざらえエクストラヴァガンザであるのとよく似て、『ニューロマンサー』は第1短篇集『クローム襲撃』のスプロール・シリーズ各篇の総集編的オール・スター・キャスト大作だ。けたたましく乗りよく地球上、及び地球外を駆け回る『ニューロマンサー』の狂想劇の各構成要素は、よりコアでディープな形でシリーズ短篇で語られている。『クローム襲撃』でギブスンのSF作法、各ガジェットと伴うコンセプト、サイバーパンク独特の詩情・感情移入誘発力を押さえた後でこそ、『ニューロマンサー』は楽しく正しく読めるのだ。



まさにアルバム1曲目、ってなパワー・ポップ:「記憶屋ジョニイ」は、ギブスン世界、サイバーパンク世界、スプロール世界の電撃的な予告編として完璧。ギブスンの描くテクノロジーによって変質した極近未来の人間生活が、根本では実は、いまここにあるわれわれの現代世界の外挿法的延長線上に無理なくかつ不可避的に位置し得るものであることが、ライ麦畑文体の青春クライム・ストーリーの軽快さの裡にさらりとながらしっかりと語られている。若きジョニイと駆け出しモリイの行く末は、後に『ニューロマンサー』でポツリと触れられている。

「ガーンズバック連続体」は、ある意味本気で取る必要のない、一流SF作家が時折やるタイプの内輪のジョークめいた小品。『アメージング・ストーリーズ』創刊者でヒューゴー賞という冠に名を残すヒューゴー・ガーンズバックに擬えて、オプティミスティックな旧態SF世界をチクリと皮肉る箸休めの洒落た小噺。

’77年の処女短篇「ホログラム薔薇のかけら」は、極近未来アメリカの普通のいち個人の日常風景と心象をスケッチしただけの、一見何も起こらない小説らしくない小説だ。が、ここにはまさに ”処女作にはその作家の全てがある” よろしくギブスンのヴィジョンと自らに課したタスクが若書きの小品ながら十二分に表れている。このエチュードもしくは文体アイディア覚え書きのような短篇でさらっと触れるに留められたプロット/エピソードの素案群は、後のギブスンの短篇群・長編群に繋がり、なおかつブルース・スターリングやジャック・ウォマックのそれにも連なる国家/社会/個人生活の形態の破滅的な変容の未来像をも孕んでいる。また、この短篇の主人公/語り手が後の他の短篇・長編に現れる様々なキャラクターの祖型となっていると言え、そのハードボイルド・リリシズムと言うべき独特の語り口の美は既にこの処女作から定まっている。

「ふさわしい連中」もまた、本気にすることなく軽く読み流せる洒落半分のホラーだが、ギブスンの記号論者的な視点がしっかり含まれていて面白い。実際、以降のアメリカや日本などの「先進国」では、自分を「ふさわしくない連中」と考える意識が人々を緩慢な精神的自殺や死に物狂いの愚行に追いつめているのだから。複雑に錯綜する社会的コードを読むことが苦手なせいで疎外状態にある主人公が「ふさわしさ」のカメレオン的モンスターの犠牲者/お仲間となる時、彼はむしろそれ以前より幸福なのだ。

「辺境」はスプロール・シリーズ外の作品だが、私がこの短篇集の中でも1、2を争うくらいに偏愛する逸品だ。宇宙を舞台にしたファースト・コンタクトものでもあるが、ヴァーリイやジェイムズ・ティプトリーJr.、そしてなんならA&B・ストルガツキーを彷彿とさせるホモ・サピエンス文明へのシヴィアな視点にモダンでシャープな一流SF性とコズミック・ホラーが薫る。ギブスンらしい異化効果抜群のヴァイオレンス・シーンに不思議に漂う哀感と詩情、オフビートな登場人物たちの心に秘めた愛と夢と希求に、驚くべき形のヒューマニズムが示される実は泣かせる傑作。SFが持つ伝統的な感動のダイナミクスをギブスンもまた意外なくらいに自家薬籠中のものとしていることが分かる。



全10篇中前半の5篇、言わば「A面」のレヴューを終えたところで既に十分な紙面を費やしている。が、まだまだB面にも語るべきことたっぷりなので、このブログでは異例なことだが、続きは次回とするとしよう。


 


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