『ストーカー』A&B・ストルガツキー ー コズミック・ホラーの「東」の泰斗


ストルガツキー兄弟ことA&B(アルカジイ&ボリス)・ストルガツキーは、スタニスワフ・レム、シオドア・スタージョン、ブルース・スターリングといういずれ劣らぬ著名なSF作家から賞賛を受けるほどのソ連時代のロシアのSF作家だが、少なくとも日本では(そしておそらくは英米でも)、十分報われていると言えるほどに読まれ知られ賞賛されているとはまだまだ言い難い。私ははてなダイアリー時代の旧ブログで、3つのストルガツキー作品を採りあげた6、7エントリを物した過去があり、自慢じゃあるが、日本のウェブではpiaa0117氏の『P&M_Blog』と並んでストルガツキー布教の草の根プロモーションでもっとも力あったものと自負している。が、如何せんストルガツキーのSF面での日本の担当者:早川書房/ハヤカワ文庫SFが、この『ストーカー』を除けば、その代表的SF作品『蟻塚の中のかぶと虫』『波が風を消す』をなかなか復刊フェアの対象にしないために、せっかくの潜在読者・潜在ファンの誕生を不当に機会損失していると思えてならない。ここでは(そして続くエントリ群でも)装いと決意を新たに、改めてストルガツキー評価再興を願ってのエントリを物してみよう。



『ストーカー(密猟者のほう)』こと原題:『路傍のピクニック』は、ストルガツキーの「SF作家歴」の内でユニヴァーサルなモダンSFと言っていいものの嚆矢で、何よりコズミック・ホラーSF、ファースト・コンタクト・テーマSFの異色傑作として価値が高い。ソ連時代の文芸人としてある種不可避の結果でもあれ、ストルガツキー作品には、ひとつ:若書きのロシアSF、ひとつ:反体制色の寓意風刺ファンタジー、ひとつ:前者ふたつのアマルガム、という発展途上、あるいは中途半端な虻蜂取らずの作品群がある。それらの多くが、SF寄りなら主に早川書房、ロシア文学寄りなら主に群像社によって翻訳刊行されているのだが、残念ながらその大多数はユニヴァーサルなモダンSFとして評価できるものではない。私のいつもの独断を信じていいという人になら、まず『ピクニック』『蟻塚』『波風』の、いわば「後期モダンSF3部作」を読んで、更なる飢え渇きを覚えた場合にのみ「その他」にも手を伸ばしてみる、という道案内をしておこう(「その他」については先々、おいおい)。



時系列的には、「マクシム・カンメラー3部作」の第1作である『収容所惑星』(原著1969) と第2作『蟻塚の中のかぶと虫』(原著1980)の間に挟まれた、1972年原著の『路傍のピクニック』であるが、私が『ピクニック』のほうを敢えて「後期モダンSF3部作」の括りに入れるのは相応のわけがある。一言で言うなら感触と強度だ。びっくりするくらい混乱し狙い所が定まらず、よって根本にあったはずの好コンセプト ー 『蟻塚』に繋がるはずの好コンセプトが整理されざるままなし崩しになっている『収容所惑星』が、到底ユニヴァーサルともモダンとも言うに足りないものに終わっているのに比し、『ピクニック』はそのプロローグからして、英米のモダンSFに、あるいはスティーヴン・キングやフレデリック・フォーサイスのようなモダン世界標準エンタテインメント作品に負けない、シャープでクールでユニヴァーサルな堂に入った語り口と結構を持っている。









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