『バービーはなぜ殺される』ジョン・ヴァーリイ ― ヴァーリイはなぜ殺される

もしサイバーパンクの元祖をひとりの人物に絞らなければならないとしたら(確かにそのような途方もない限定は誤解を招くだけだろうが)、その人物は紛れもなくジョン・ヴァーリイだろう。彼の作品にはサイバーパンクの情報があり、幻視があり、そしてもちろん、現実がある。



時代的に、また潮流的に、ヴァーリイをリアル・タイムに経験した先人たちには無理からぬことでもあったろうが、彼の小説に’70年代的なやさしさやさわやかさを認めるのは残念ながら適切なことではないだろう。その “ライ麦畑” 的な語り口は概してトロイの木馬的なトリックとして意図的に使われており、たとえばギブスンの「記憶屋ジョニイ」同様、ヘヴィでシヴィアな未来世界の平均・日常を描くための異化効果を狙ってのギミックなのだ。



優秀な、しかも傑出したSF作家の場合に当然のことながら、この集でもわれわれはアルバム1曲めからいきなりドライヴされる。「バガテル」のイントロは名高い『ニューロマンサー』の冒頭に負けず劣らずさりげなく衝撃的だ —

  一発の爆弾がいた。第四十五レベル、レイ通りシュトラーセ、プロスペリティ広場プラザ
  から遊歩道を百メートルばかり下った"花とギフトの店バガテル”のすぐ外だった。


身体改変、マルチ・カルチャリズム、ポップ文化 ― サイバーパンクの身上の多くが軽々と披露されている。オフ・ビートで軽快なストーリーの楽しさにかまけて見逃してならないのは、40年を経ても笑いごとになっていないアクチュアルな現代の諸相である ― 疎外と精神異常、テロリズム、プロフェッショナルの激務、カジュアル化する先端テクノロジ、エトセトラ、エトセトラ。 ’74年のこの作品はサイバーパンクの親ではなく、兄姉もしくは年上のいとこなのだ。

「バービーはなぜ殺される」のエコーをイーガンに聴くのはたやすく自然なことだ。大学をドロップ・アウトしコミューンを放浪したヴァーリイは、フラワー・ムーヴメントの理想の裏の現実を容赦なく直視し、その後の地点から出発する。パンクがレイド・バックを断罪しロックンロールの原点回帰を志しながらそのビート/ドライヴを先鋭化させたこととサイバーパンクのありかたは、もちろん偶然の一致ではあり得ない。アイデンティティとセクシュアリティへの問題意識の面でも、ヴァーリイのタスクを十全に受け継ぐ後進はそう多くない。

「イークイノックスはいずこに」でわれわれは、スターリングを先取りしたラディカル・ハード宇宙SFを味わう。そこでは人間の定義はもはや生体と生態にはなく、にもかかわらず相変わらず人間的な精神の戦争は続くのだ。アナーキズムとリバタリアニズムはスミスとヴァーリイとスターリングとスティーヴンスンの間にねじれよじれつつも一本の系譜をつないでいる。

「ビートニク・バイユー」で描かれるセントラル・コンピュータの判決に、犯罪と処罰の公正性に悩み憤るすべての現代人は喝采を贈らずにはいられない。しかしそれは両刃の剣であり、われわれ自身の喉もとにも突きつけられている。ヴァーリイの “八世界” で生きる人々は、自由な遊園地で遊び暮らす人々であると同時に、ギブスン的サヴァイヴァル世界の高圧下であがき続ける人々でもある。

驚異のデビュー作「ピクニック・オン・ニアサイド」は、カジュアルな “ライ麦畑” 文体で軽々と先人たちの古臭い未来を葬り去る革新性をポップな顔の裏に隠し持つパワー・ポップ。今ならたとえばイーガンまで、その糖衣爆弾を受け継ぐ後進は数知れない。ハインラインまでを読む必要のない古典だとすれば、ヴァーリイからが読むべき古典にして現代SFのはじまりなのだ。



誰も失望を理論武装で隠すことはできない。失速したひいきのSF作家を弁護し続けることはSF読みのなすべきことではない。ヴァーリイの場合、初期の画期性とさりげなさゆえにこそ、その失墜は目立って急速だった。『ティーターン』に始まる首をかしげざるを得ないアプローチ。『スチール・ビーチ』でのぎこちないナノ・テクの導入と冗長さ。『ブルー・シャンペン』は馴染みの短篇の再録を含み、その表題作はギブスンの「冬のマーケット」に及ばない。時代がヴァーリイに追いつき追い越していったかのようだ。



だが、われわれに沈黙の義務はない。まるですれちがうように始まったサイバーパンクが過去のものとなった今も、ヴァーリイの建てた金字塔はいささかも色あせてはいない。子山羊の手袋に包まれた鉄の拳のように、もの静かにも強烈な一撃でSF地勢図を一新し、矛盾を止揚し株価を一気に引きあげる ― われわれには夙にお馴染みとなった大物新人SF作家のかたちを最初に示したのがヴァーリイなのだ。









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